portrait

　もう２０年以上も前のことだが ｢スマートスケッチ｣ というアプリケーションがあった。描画のためのペンタブレットを買うと、それが一緒に付いてきた。（ ↓ ※）これはドローソフトウエアというもので、部分や全体を拡大しても輪郭線が荒くなったリ、ぼやけたりしないという特徴がある。ペン先のタッチは単純で固く素っ気ないものだ。しかし、なめらかな線を引くことができて、しかもペン先の筆圧によって自由に線の太さを変化させることができる。これで殴り書きをしているうちは大いに気持ちよく描くことができる。部分を消したいときはその一筆分の線を選択削除する。
　それが、少し部分を修正したくなるとなかなか思うようにはいかない。変につっぱったような直線と小さな丸が現れてペン先にこびりつき、なめらかだった描線が引っ張られて角張ってしまう。こうなるともうペン先を自由に動かすことはできない。なだめるように輪郭線を少しずつ引っ張り出したり押し込んだりして、幅を広めたり、細めたりするしかない。こんなことが２色の境目で起こると変な直線は３本にふえてますます扱いにくくなる。このために、このソフトを描画に使うには根気強さと十分な時間が必要だ。 だから、こまかく修正しようなどという気をおこさず、さらさらと描き流す技を身につければいいようにも思うが、努めてそんなふうに描いた画面は変化に乏しくまことに味気ない風情だ。もちろんこれは付け焼き刃の筆運びのせいで、腕が未熟なのだ。また、毛筆で描くような濃淡やかすれ、にじみなどの効果をこのソフトに期待することはできない。鉛筆やクレパスのような表現とも無縁だ。
　それでも、このソフトをときどき思い出したように２０何年も使いつづけてきた。しばらく放っておいた画像を久しぶりに画面に呼び出したときなど、部分的に気に入らないところがたいていはどこか目につく。それで早速その部分を削除してやり直すことがよくある。その部分に違和感を感じてそのままにしておけなくなるのだ。
　それは、パソコンの画面ではペンを手にするだけですぐにできる。描くために部屋の明かりを調節したり、いろいろな画材を用意する必要はない。それでつい始めてしまうと知らないうちに時間が過ぎてしまう。夜遅くにようやく画面に満足してその新しいファイルを保存する。そんなふうにして、つぎにたまたまファイルを開き、ふたたび描き直したくなるのは１週間後であったり、１ヶ月後であったり、１年後であったりする。どうやらその期間が長いほど違和感が強く、手直しをしたくなるようだ。
　手直しをしたくなるのはそんな場合だけではない。たとえば、いちど部屋から出て、すぐ用を済ませてから部屋の入り口に立ったときモニターの画像を見て「おや」と思う。モニターから数歩離れただけでこうなることもある。また、このソフトのツールには「水平に反転」というのがあり、それで全体を左右反転させるとたいていは思いがけない異様な表情を画面に見ることになる。そこでこれは何とかしなければといそいそと取りかかる。ときには修正すべきところを確かめるためにわざわざ反転させることもある。
　どうしてこうしたことが起こるのだろうか。私は描いているとき、画面全体やその部分を端から端までよく見て修正すべきところや異様に見えるところに手を入れていく。それでもまったく気がつかない部分が残っているのだ。それも、見過ごしてもいいようなところではなく、気がついてみればみな重要な部分だった。細部や全体に何度も手を入れて「絵」を眺め、頭の中では「これで何とかよくなった」と思ったとき、私の眼は何を見ているのだろうか。
　２０年も同じ１枚の絵をあれこれ手を入れながら描き続けるというのは、あまり普通のことではないのかもしれない。けれども、私はときどき思い出したようにこの絵の画面を開く。